光受容タンパク質の一分子観察系の構築 "生物は物質や光、温度など様々な環境要因を感知して、より生存に適した環境を選ぶ「走性」を示し、その機構の解明は生物の環境への適応を理解する上で重要な鍵となります。本研究では微生物の走光性の信号伝達、特に信号増幅過程のメカニズムを解明するため、蛍光エネルギー移動一分子観察を使ってタンパク質間相互作用およびタンパク質構造変化の研究を行います。対象とするのは細菌の走光性のセンサーであるセンサリーロドプシンI(SRI)とトランスデューサー(HtrI)、さらに信号を下流へと伝達するChe タンパク質である。これらは走化性を担う化学受容器-Che タンパク質系のものと類似の機構で信号伝達や増幅を行います。従ってSRI-HtrI 複合体からの信号がどのようにChe タンパク質に伝わり、またその時どういった増幅が起こるのかを一分子レベルで定量的に明らかにし、微生物全般の走性の解明につながる知見を得ることを目指します。
Gタンパク質共役型受容体は市販薬約30%のターゲットになっているとも言われ、Gタンパク質シグナリングは多くの細胞で重要な働きをしています。このGタンパク質シグナリングによるcAMPやカルシウムイオンなどの細胞内濃度変化を光により非侵襲的に制御するため、ウシロドプシンの改変タンパク質を用いる試みが最近始まっています。しかし、ウシロドプシンは発色団として11シス型レチナールしか結合せず、網膜など一部の組織以外ではその供給メカニズムが見いだされていないため、種々の細胞への汎用性に乏しいと考えられます。一方、全トランス型レチナールを発色団とする古細菌やクラミドモナスのポンプ・チャネル型のロドプシン類は、多くの細胞・組織で機能することが確認されています。そこで本研究では、全トランス型レチナールを結合する動物のロドプシン類Opn5を用いて、オプトジェネティクスの汎用的なツールを提供することを目的とします。
細胞間接着分子E-カドヘリンは、細胞膜の自由表面上でも、ダイマーやオリゴマーを形成し、さらに、それが細胞質のアンカー・シグナルタンパク質のカテニン類と結合して4個から20個程度のタンパク質からなる複合体(動的E-カドヘリン複合体)を形成します。また、これらの複合体は、0.1-数10秒オーダーの寿命を持ち、形成と分解をくり返していることがわかってきました。本研究では、【1】3次元1分子イメジング顕微鏡を開発し(3種分子、900個程度の分子を同時追跡、33ミリ秒毎にすべての分子の位置座標を決めることを目指す)、【2】その顕微鏡を使って、動的E-カドヘリン複合体や、それを作るE-カドヘリン、カテニン類がどのように動き、会合し、解離し、アクチン線維による安定化を受け、アドヒーレンス・ジャンクション(AJ)形成をしていくか、さらに、AJの分解は分子レベルではどのように起こるか、を解明することを目的とします。
細胞内に存在する少数分子は通常の生化学実験法では検出困難であり、その解析は極めて困難です。一方、細胞は非平衡のシステムであり、細胞内の特定分子の数を時空間的に精密に制御することで、細胞応答に及ぼす生体分子の“数”の意義が明らかになります。そこで本研究では、細胞内外の蛋白質を定量的に活性化させ、その活性分子数を制御する技術の開発に取り組みます。申請者がこれまでに開発してきた「蛋白質の機能性分子ラベル化技術」と「生体分子の光活性化技術」を融合させることで、光によって同種あるいは異種の蛋白質を接着あるいは解離させます。細胞に照射する光の強度を調節することで、細胞表面あるいは細胞内の少数の標的蛋白質を定量的に活性化させます。この技術は、活性化させる蛋白質数を自在に操作することを可能とし、蛋白質の小数性の概念を調べるための強力なツールになると期待できます。
細菌の病原性発揮機構の中で、細菌内の病原因子蛋白を宿主細胞内し病原性を発揮する機構(Ⅲ型分泌機構:TTSS)が注目されている。食中毒原因菌である腸炎ビブリオではTTSSが2組存在しており、TTSS1は細胞毒性に関与しTTSS2は腸管毒性にそれぞれ関与する。このTTSSは一つの細菌に約10~50個存在していると考えられており、その数と活性が変化することで病原性が変化すると考えられるが、その制御機構は不明である。本研究では、TTSS1に焦点を当てる。細菌の状態に対応したTTSS1数と病原因子(VP1680)数の厳密な測定をもとに、宿主細胞への炎症反応誘導機構の新たな説明法を考案する。 本研究の成果は、病原性細菌と宿主間における反応の新しい反応機構モデルを提唱する可能性があり、細菌の病原性発揮機構の完全な理解につながる。
細胞内にはリン酸を要(かなめ)とする化学反応を触媒する蛋白質が多数存在します。ATP加水分解の自由エネルギーを利用して動くモーター蛋白質やシグナル伝達に関与するGTPase蛋白質のほか、時計蛋白質など蛋白質のリン酸化により反応のスイッチングを行う蛋白質の例が挙げられます。これらの蛋白質が細胞内において少数個で高濃度を実現し働くときの分子協同性や分子個性、エルゴード性を明らかにしたいと考えました。そこでまず、細胞内環境をPDMS樹脂でできたサブフェムトリットル体積の超微小チャンバーで再現します。酵素反応中に生成する無機リン酸(Pi)の個数は、この超微小チャンバーに閉じ込めた蛍光標識リン酸結合蛋白にリン酸が結合することによる蛍光強度の増加を利用して計測します。この実験により、少数個の蛋白質が高濃度で反応するときのリン酸の挙動を明らかにすることが目標です。
記憶形成の最小単位であるシナプスの後端を形成するスパインの大きさは0.1-1fL程度の容積しかありません。これは、ある分子が細胞に100nMの濃度で発現しているとすると、1個のスパインには5から50分子程度しか存在しないことを意味しています。このような微小領域では、各種分子数のゆらぎが機能に大きく影響している筈です。本研究では、シナプス長期増強にとって重要な働きをしていると考えられるシグナル伝達分子に着目し、これらの活性を青色光照射で制御できるように遺伝子改変します。さらに、開発した光感受性分子を用いて、シグナル伝達系に摂動を与えながらスパインに入力を与えた時の機能発現の変化を、スパイン体積の変化を指標として測定します。このようにして、シナプス内の分子数揺らぎが長期増強発現に与える影響を調べます。