生命現象の本質の一つとして、指折り数えることができる程度の少数の要素分子から構成されるナノシステムが“協同的”に動作することが挙げられます。例えば、筋収縮において複数のアクチンとミオシンが協同して滑りが起きることなどがこれに該当します。これまでアクチン-ミオシンを含め“単分子”の素過程を観察した例は数多く報告されているものの、“少数分子間”で生まれる協同性の素過程を生きた細胞内において解析した報告は“皆無”であり、少数の要素分子が如何にして極めて高い協同性を生み出すのかについては全く分かっていません。少数分子が協同的に反応することで、出力の安定化に寄与する一方、分子の少数性に起因する不安定な出力も起こり得ます。この反応の曖昧さが、ひいては、階層を越えたマクロな生命システムの動作安定性と一部の動作不安定性に結びつく可能性があり、生命の動作原理を理解する上で、極めて重要な観点といえるでしょう。しかしながら、細胞内における少数の分子反応を扱う理論が未整備であったことに加え、少数分子の細胞内挙動を操作し計測する技術も無かったため、これまでほとんどアプローチされてきませんでした。そこで本研究領域では、このような少数分子からなる生体システムを実験に供し、理論を構築します。
本研究領域では「個と多数の狭間である少数個の要素分子が織りなす化学反応システム」に注目し、顕微光学、MEMS工学、蛍光物理化学、合成有機化学、タンパク質工学、細胞生物学、システム生物学、数理科学の諸分野を融合することにより「少数性生物学」と称する新学問領域を形成します。技術開発系と実験系、理論系の専門家が手を組み、従来とは異なる視点で生命現象にアプローチします。とくに、少数の生体分子からなる化学反応システムにおける分子間の協同性、超コヒーレンス、自己組織化、ポアソン性、エルゴード性、多階層間相互作用などの観点からのアプローチを進めます。
本研究領域における研究協力をもとに、新たな手法を用いて先に記載した重要な問題点について取り組むことにより、従来なし得なかった先鋭的・独創的な研究成果が得られると見込まれます。その成果は従来の学問領域ではなし得なかった「生命とは何か?」の解明に寄与するのみならず、化学・物理学分野へもパラダイムの変革をもたらす可能性があります。本研究領域では比較的若いメンバーで計画研究が構成され、若手育成にも力を入れるため、本領域の活動は将来にわたって我が国における当該分野・理工系分野の多大な発展に貢献できます。