細胞の情報処理は、環境・細胞内がともに揺らいだ中で行われている。特に少数性に由来する揺らぎの中で、どれほどの情報処理能力が可能なのだろうか?本研究では、環境シグナルと出力の時系列の相互情報量を指標として、特に少数分子ゆらぎの中で細胞が行いうる情報処理を考察し、少数性がもつ情報論的利点や限界をあきらかにすることを目指す。細胞が直面する問題を適度に抽象化したモデルを構築し、情報論的視点からの解析を行うことで、情報伝達効率を大きくするためのシグナル伝達ネットワークの設計原理を理解していく。例えば、濃度勾配環境の中で、ローカルな情報しか得られない 細胞はどれほどの精度でシグナルの勾配構造を見分けることができるのであろうか?また、細胞自身が環境中を動き回ることで得られる情報的利得はいかほどのものであろうか?これらの問いに答えることで、生き残り戦略として現れた細胞の行動原理を明らかにしていく。
DNA分子を内部に含む細胞サイズ膜小胞を構築し、分子複合システムの微小空間特性(分子少数性および膜表面効果)を解明することを目的とします。DNAは細胞内の代表的な少数分子であり、その高次構造は遺伝子発現機能と密接に関わっています。人工膜で覆われた細胞モデル空間を創り、小胞内DNAの高次構造変化を明らかにします。そして、脂質膜の弾性特性、DNAの高分子特性、ダイナミクスの非線形非平衡特性などの物理解析を行い、細胞内の少数分子システムの作動原理を理解します。
細胞は細胞質成分を含む膜の袋であり、ゲノムに代表される内封少数分子がその細胞の表現型を決定します。細胞は有糸分裂において高度な蛋白質の制御を駆使して細胞質成分を分配しますが、内封分子の少数性を維持するメカニズムは蛋白質の働きにのみ帰せられるのでしょうか。本研究では、リポソームの融合や分裂によってその膜構造が変化する際に、少数内封物質の離散性がどのように変化し得るのかを実験的に検証します。膜小胞と内封物質の相互作用がなければ、リポソーム内の物質封入や分配はランダムであり、封入分子数はポアソン分布に従います。一方、これらの物質間で物理的・化学的な相互作用が存在すれば、封入数はポアソン分布からはずれ、1分子のみを含む確率が増加する条件があり得ます。細胞の制御機構は、セントラルドグマの観点からだけではなく、実体を持つ物質としての物理化学的相互作用・自己組織化作用の側面も持ち合わせるということを広く議論する。
本研究では細胞内反応過程の統計力学的取り扱いを通じ、化学反応系の統計力学の基礎的課題であると同時に細胞生物学の基礎的問題でもある、以下の問題を考察する。1)化学反応系において、分子の「少なさ」「多さ」の基準は何であるのか?2)細胞は実効的にどのような分子数的状況におかれ活動しており、またそれは最適な状況なのか? 具体的には、細胞内での情報処理において特に重要となる、生体膜上、膜内等の空間的制約を受けた2次元場での反応、ゴルジ体等の様々に体積、形状が変化する小胞内での反応、DNAの変形や膜との相互作用による立体的拘束下で進む核内反応に対し、統計力学的取り扱いから上記問題を考察し、分子数と機能性の関係、細胞の状態と制御機構、及びその発展基準を明らかにする。