生命が多様性に満ちた高度な機能を有する要因の1つが、タンパク質レベルから予想される構成素子間の協同的な現象です。しかしながら、その理論的な検証はされていても、その実態を直接捉えた研究は皆無に等しいのが現状です。この目標を実現するため、本研究では骨格筋ミオシンとアクチンを対象とし、タンパク質分子集合体とその構成分子の挙動を同時に計測する実験系を開発します。この実験系により、「分子集合体の機能発現にどのように構成分子が寄与しているか?」という分子機構の詳細を明らかにしていきます。また、分子集合体上の複数分子の動態を同時観察できる蛍光分光顕微鏡を用いて、分子間の協同現象を可視化し、その機構を検証していきます。
生物は化学物質や光、温度など様々な環境要因を感知して、より生存に適した環境を選ぶ「走性」を示します。そしてその機構の解明は生物の環境への適応を理解する上で重要な鍵となります。私たちは中でも細菌などが光に対して遊泳する、走光性の信号伝達、特に信号増幅過程のメカニズムの解明を目指した研究を本領域で行っています。そしてその理解のためにタンパク質間相互作用およびタンパク質構造変化を、蛍光エネルギー移動一分子法を用いて観察します。対象とするのは細菌の走光性のセンサーであるセンサリーロドプシンI(SRI)とトランスデューサー(HtrI)、さらに信号を下流へと伝達するChe タンパク質です。SRI/HtrI複合体が光を吸収すると、その信号がCheY に伝わりますが、その際に大きな信号の増幅が行われ、多数のCheY が活性化すると考えられています。しかし活性化されるCheY の分子数など数的な理解は全くなされていません。そこで本研究ではこの増幅機構を一分子レベルで定量的に明らかにし、さらに生物種間での違いを調べることで、微生物の走光性について詳細な理解を目指します。
縦横30ミクロン、高さ最大10ミクロンの3次元体積中に存在する細胞膜分子の運動を、1分子毎にビデオ速度で多数同時に追跡する「3次元1分子追跡」技術を、「生細胞超解像(PALM)観察」技術(市販の装置より100倍以上速い)と組み合わせます。この「3次元1分子追跡-PALM複合顕微鏡」により、膜構造体をPALM観察しながら、同じ3次元視野中で、別の分子の1分子追跡をおこないます。この装置を駆使して、「アドヒーレンスジャンクション (AJ)」、および、「シナプス」の形成/分解機構の解明を目指します。そのためには、「AJやポストシナプスの構成分子群は、4-20個程度の分子からなる過渡的少数分子複合体(寿命は0.1-10秒)として存在し、このような複合体が動的ユニットとなり、ミクロンスケールの細胞間接着構造の急速な形成と分解をおこなっている」という作業仮説の検証をもとに研究を進めます。
蛍光1分子イメージングには個々の分子の動きの観察を可能にすること以外に、数を数えることができるというメリットがあります。ナノ開口は、我々が開発した全反射照明による蛍光1分子イメージング法では困難な高濃度(数µM程度まで)の蛍光色素存在下で、蛍光標識生体分子の1分子イメージングを可能とする技術です。この技術を使うことで、少数性生物学の研究に重要な少数の生体分子の可視化、計数化ができます。これまでに報告されているナノ開口作製法では、時間とコストがかかり、歩留まりも悪いため、実験を効率よく行うことができませんでした。そこで本研究では従来の作製法を改良し、効率よくナノ開口を作製する方法を確立することを研究目標の1つとします。また、作製したナノ開口を使って、DNA組換えの中間体の十字型構造をしたHolliday構造DNAの分岐点移動を行うモータータンパク質であるRuvBの機能解析を行うことをもう一つの目的とします。
神経シナプスにおける化学伝達においては、神経伝達物質がシナプス小胞に濃縮される過程が不可欠です。この濃縮過程はシナプス小胞膜内外のプロトン勾配によって駆動されますが、その詳細な仕組みは分かっていません。神経伝達物質充填過程の理解に障害となっているのは、小胞の「小ささ」と駆動力として働くプロトンの「少数性」が挙げられます。シナプス小胞内はpH5.6程度の弱酸性に保たれていますが、直径40nmの小胞内に存在しうる遊離プロトンは1にも満たないのです。それに対して、輸送される伝達物質の数は1000分子にも達します。私たちの研究室では、これまでにグルタミン酸輸送体とプロトンポンプをリポソームに再構成する実験系を構築して現状打開を試みてきましたが、従来型の定性的なpH勾配測定法や1パラメーター毎の測定法には限界があります。本研究計画では、顕微鏡下での一小胞蛍光変化観察とフラッシュフォトリシス測定を導入して、極少数のプロトンが駆動する神経伝達物質充填過程を定量的に理解することを試みます。また、本領域の班員の皆様と知恵を出し合って、新しい測定法の開拓にもチャレンジしていきます。
記憶形成の最小単位であるシナプスの後端を形成するスパインの大きさはサブフェムトリッター程度の容積しかありません。このような微小領域では各分子の活性揺らぎや分子数が刻々と変化している可能性があり、しかもこのような揺らぎが機能にとっても重要な役割を果たしている可能性があります。そこで本研究では、新規光応答タンパク質を開発し、入力に対する出力を調べることで、微小空間で少数分子が働くシナプス内情報伝達の動作原理を解明することを目的とします。
少数の細胞が生体に大きく影響するシステムがあります。例えば、免疫システムにおいては、免疫反応の中核を担う細胞のうち、全体の数万分の一にも満たない少数の細胞が活性化し、外界からの混入物から生体を守ります。生体システムをより深く理解するためには、このようなマイノリティを検出することが重要です。本研究では、マイノリティを精度よく同定できる方法を開発します。